リズム考(10)ヴィジェイ・アイヤーは万葉集から古今和歌集へ至る

いま、ジャズ界のメインテーマは「リズムの探求」である。
ジャズの新譜を追っていれば、リズムに一捻りも二捻りも加えた楽曲をわっさわっさと収穫できる。
私のようなリズムファンにとっては、昨今の取れ高ストップ高状態はかなり美味しい。

そんなリズムオリエンテッドな「今ジャズ」ミュージシャンの中でも、とりわけ高い評価を得ているのが、ピアニストで作曲家のVijay Iyer(ヴィジェイ・アイヤー)である。彼は、M-BASE(※)の理論研究とインド系の出自を兼ね揃えたリズム野郎であるが、「野郎」という言葉がまったく似合わない、アカデミックな香りのする紳士だ。(香りも何も、2014年からハーバード大の先生だ。)

※M-BASE・・・・・・80年代後半以降、スティーブ・コールマン等を中心に提唱されているジャズ理論。「リズムの探求」と言えばまず名前の上がる一派である。ちなみにスティーブ・コールマン御大は寛大な心を持っているので、かなり多くの楽曲が本人のホームページでDLできる。もちろん私は全DL済だ。


そんなヴィジェイ・アイヤーの『Accelerando』(2012)というアルバムの中の一曲、マイケル・ジャクソンのカバーである「Human Nature」は、信じるか信じないかは別として、 日本語のリズムが五七調から七五調に変わっていったことを一曲の中で表現しきった曲である。

もちろん彼が和歌のリズムを参考にして作ったわけではない。だが、リズム考(9)の結論である、

五七調 = 「5+8」の短長リズム
七五調 = 四拍子

を解説するにあたって、この楽曲以上に適した曲はない。
というわけで、リズムを楽しみながら聴いてみて欲しい。





 1) 「5+8」の短長リズム
この曲は出だしから「5+8」の短長リズムでつくられている。
ドラムにあわせて、下の呪文を唱えてみて、まずは「5+8」の構造を捉える。

呪文1: タンツタカ/タンツタカタッタ
呪文2: 世田谷区/世田谷区代田 せたがやく/せたがやくだいた

呪文を一音一音をはっきりと、等間隔でロボットのように唱えていると、慣れないとちょっと大変だけど、「5+8」が見えてくるはずだ。そして「5+8」が見つかれば、下の呪文も唱えられる。

呪文3: あめつちは/ひろしといえど・ (貧窮問答歌より)
呪文4: ふせいおの/まげいおのうちに (貧窮問答歌より)

呪文3が、最後に休符があって若干言いづらいのであれば、字余りの呪文4でもいい。うまくできるようになったら貧窮問答歌全文を歌い上げてもいい。これが、第一段階である「五七調」の世界である。

※もし「5+8」のような短長リズムを見つけるのが大変だったら、まずVardan Ovsepianのこの曲で「4+5」を数える練習から始めるといいと思う。こちらは幾分数えやすいはず。


2)メタモルフォーゼ(変身)
さて、「5+8」を無事捉えて気持よくなってきたところで、この曲はとんでもないメタモルフォーゼを遂げる。
動画の3:30を過ぎた当たりから、突如ガックンガックン、演奏がつんのめっていく。
そして、なんじゃこりゃーとたまげている間に、いつの間にか体が四拍子を刻んでいるではないか!!!となる。


どう考えてもおかしい。


「5+8=13」という気持ち悪い数が、極めてシームレスに、誰にでも叩ける四拍子になるのだ。


魔法だ!


3)四拍子
四拍子になったら、概ね「七五調」の世界に入ったと言って良い。
概ね、と言ったのは、この曲は基本的に1拍を6連で割っている(過渡期には5連も聴こえる)のに対して、七五調の朗読の場合は4で割るから、微妙に違うといえば違うということだ。
だが、四拍が取れているのであれば、そのなかで七五調の短歌を読むことができる。

これで、ヴィジェイ・アイヤーは万葉集から古今和歌集への移行、それも滑らかな変身を遂げたのである。


さて、なぜ「5+8=13」は「四拍子」に変わることができたのか
そう悩みながらもう一度最初からプレイすると、あら不思議、はじめから四拍子と思えば四拍子で聴ける。
曲の初めから、なんか知らないけど四拍子で手を叩ける気がする。やってみると、叩ける。

ここまで書いたことを、図にしてみた。(七五調の短歌として、今回は俵万智を入れた)




なぜ「13」を「4」で割れるのか。
実際は割れていない。いないが、近似した4分割が簡単にできるように、曲のほうで細工がしてある。
1拍目は揃うのでOKとして、2拍目と4拍目は、だいたい似ている場所にスネアが入っている。つまり、四拍子のうち、1、2、4拍目については、それらしきものをなんとなく取れる。これだけで、かなり四拍子が取りやすい。
さらに、3拍目というのは「ちょうど真ん中」、一小節を半分で割った位置のことである。人間は、何かを半分にする能力が案外高い。(紙を半分に折る、ケーキを半分に切る等)
なので、3拍目も、自信ないけど取れるのである。


この似非四拍子によって、「13」という数字は、聴き手のほうで勝手に「12」にされる。呪文1の真ん中の「ン」のあたりがクシャっと曖昧にされるのだ。

呪文1: タンツタカ/タンツタカタッタ
   → タンツ/タカタ/ツタカ/タッタ


ヴィジェイ・アイヤーの論理的な構築により、「5+8の短長リズム」と「四拍子」という異世界のリズムは、はじめから似たもの同士として生み出された。
あとはメタモルフォーゼ時に、「5+8の短長リズム」と「四拍子」を素早く交互に聴かせたり、4拍5連の音を入れる等の技術によって、両者は完全にシームレスにつながるのである。


というわけで、短歌の朗読の仕方、五七調と七五調についてのまとめをして終わりにしよう。


五七調と七五調の構造を改めて書けば、 

五七調 五七+/五七+/七
七五調 五+/七五+/七七

となる。 この「」の部分に「」を代入すると、

五七調 五九/五九/七
七五調 七/七七/七七

になり、七五調が完全に均等な1拍7音の5拍になることがわかる。
一方の五七調は、5音+9音の短長リズムになる。

これが五七調と七五調のリズムのすべてと言っていいと思う。

あえてこれまでの説明と整合性を取るなら、
五七調=「5+8の短長リズム」は、「休」に「一」を代入した姿である。
七五調=「4拍子」は、1拍を7音のかわりに8音とし、それを1拍2音×4拍=8音と捉えた姿である。
しかし、これは大して重要ではない。本当に重要なのは、


五七調 = 短長リズムで読む
七五調 = 等分リズムで読む


である。 長いこと『リズム考』と題して短歌の朗読について考えてきたが、これが一応答えである。
短長リズムもけっこう味わい深いので、四拍子過多の世界に対して有力な対抗馬になってほしいと切に願っている。(終)


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